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ここは、ファインが日常を語るところです。ジャンルは広めです。
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最近は荒川アンダーザブリッジにはまったりとか。
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いいアイディアなら、いいからやってしまえ。許可を得るより、謝るほうがずっと簡単だ
―マーレイ・フーパー―

こうして世界は発展を続けるわけですね。


>まほらば~さん
>「死」の物語は感動させられるが、それ無くして感動させられてこそ、素晴しい作品と言えるだろう。
ひぐらしは凄いですね、特に祭囃し。
映像でなく文章と音楽で自分はかなり”感動”を味わいました。
誰も死なずに感動しましたわ、あれは。
罪滅しと皆殺しも死ぬところじゃない部分で結構感動しましたが。
>その「死」に必然性のあるものか、なのかなぁ。
ファインっちはいかほど~?

無理やり物語の中で殺すものもあります。
物語にもよりますが、普通の学校生活を舞台とした小説に死は必然性も必要性もないかと。
>よく復讐者が色々と巻き込んでたりするけど、結局それって自分も復讐されるかもしれない側になってると思わない?
復讐のために殺し、復讐のために殺される訳ですね。
>もう神に天罰下してもらうくらいに難しいのよ~。
許される復讐なんて存在しないもの・・・ですです。


>風水さん
>作り手側からすれば楽しいものなのですよ。
どういう気持ちで死なせるようなものを書いているんでしょうねぇ・・・。
>何でわざわざ他人の不幸を、とびっきりの現実感で感じなきゃならないのかわからない。
た、確かに・・・!
不幸は共感したくねぇですよ。小説化する意味が分からない・・・。



カラオケ行って来ました。


自分はそんなに歌ってない。邦楽もアニソンも。

曲名            歌手名

ハンマーソングと痛みの塔  バンプオブチキン

DAYS          FLOW

アゲハ蝶          ポルノグラフィティ

ロマンチィックが止まらない CCB

キミがいれば        覚えてない

etc・・・

最近のカラオケの後ろの背景は凄いね、アニメ全快だね!!


例えば創聖のアクエリオン
見た事ないけどとりあえず興味はわいた。

後はハレ晴レユカイとか。


ちなみに二曲とも自分が歌ったわけではないので歌ってる奴の歌声なんか全然聞いてなかった、うん(ぁ



花札が面白い。
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無題
「いいアイディアなら、いいからやってしまえ。許可を得るより、謝るほうがずっと簡単だ」
↑これって、一歩間違えれば著作権を軽んじかねない(ぇ

まぁ許される復讐とまでは言わないけど、唯一大団円で終わった祭囃し編以外のパラレル世界で圭一達を殺した方々には、申し訳ないけど( ̄△ ̄)されても同情はしないね~。

逆に言えば、祭囃し編の世界に限ってはそうじゃない~。……それまでに、断罪されるようなことしてなければの話だけど(´・ω・`)

まぁぶっちゃけ……僕の自論では、あの手の方々には救いの道を与えてあげられそうにないわ\(=ω=.;)/ってのが結論。

許容範囲としては、今まで積み重ねてきた屍に対して、自分もその中の一人になるくらいの覚悟を持ってるくらいの根性(?)あるのが必須かな~。いや、無いならいいんだけどネ。
まほらば~ 2008/03/27(Thu)17:26 #EDIT
無題
私は昔、登場人物のうち主人公以外すべて死ぬ話を作ったことがありますよ。バトルロイヤル系の話で。
いかに劇的なシーンを演出するか、こうやったら盛り上がるだろうな、とか考えながら、キャラクターたちの死を鮮やかに彩っていく。ときに儚く、ときに哀しく、ときに美しく。
なぜそんな話を、と問われても明確な答えは出来ませんが、ありていに言ってしまえば楽しかったからでしょう。
人間の死の瞬間は、その瞬間でしか出会えないもので、自分自身の手でその瞬間を作り出せるということは、とても傲慢でありとても崇高な行為なのでしょう。だからこそ、魅かれてしまう。炎に魅せられ近寄ってしまう虫のように。
・・・とまあ、論があるんだかないんだかさっぱりわからない話をしましたが、これはすべて後付けですね。当時の自分はそんなこと考える余裕すらなく、ただただひたすらにこれは面白いストーリーなのだと信じ込んでた。とある人に、間接的に諌められましたけどね。
今だって、人が死ぬストーリーの魅力は感じることがありあますが、どうせなら・・・とびっきりの嘘のような夢のような現実のような虚像のような幸せの終焉‐ハッピーエンド‐を描きたいと思ってます。
他人の幸福こそが、最高に甘ったるいのだと、言いたいものです。たまには胸やけのひとつでもしてみましょうよ、と。
「何語ってんのさ、こんな長ったらしい文章で、こんなはっずかしい内容を」
「まあ、月並みなんだけどね」
以上、終了。
風水 2008/03/27(Thu)22:23 #EDIT
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